雑記

【せどりにも通ずる?】パチスロ 4号機の思い出と教訓

みなさんはギャンブルはやられていますか?

資産形成を目指す場合、ギャンブルは大敵です。

かく言う私も、約20年前の若かりし頃、ギャンブルにのどっぷりと嵌っていました。

今はすっかり足を洗ってしまって、5年以上ギャンブルはやっていません。

せっかくの4連休ですが、コロナの影響で外出も積極的にできないので家の掃除をやっていたところ、パチスロに関する本が3冊出てきたので、懐かしくなり読んでいました。

同時代のパチスロに同じように嵌った人も多いと思いますので、ご紹介したいと思います。

大学生とパチスロの組み合わせ

私が初めてパチンコ屋に行ったのは1999年、18歳の時です。

当時、大学1年の貧乏学生だったのですが、高卒で就職し給料も貰っていた友人に誘われ、初めてパチスロを打ちました。

『アステカ』という機種だったのですが、何も起こらず、あっという間に3000円無くなり、意気消沈でやめてしまいました。

それからしばらくは真面目に大学生活を送っていたのですが、また別の友人に誘われ『ハナビ』という機種を打ちました。

その時も負けたのですが、ビックボーナス(BIG)やレギュラーボーナス(REG)を引き、それなりに楽しめました。

実は、『ハナビ』はテクニックがあると負けにくい機種で、貧乏学生でも遊べることができました。

それから、一人でも行くようになり、知識やテクニックがつくにつれ、勝てるようになり、すっかりジャンキーになってしまいました。

大学生は時間があります。

周りでも多くの大学生がパチスロに嵌って行きました。

パチスロ4号機とともに歩んだギャンブル道

最初のパチスロは1977年にマックス商事より発売された「ジェミニ」です。

当時の機種のことを0号機といいます。

1985年に法改正がされ1号機が登場。

以降、法改正とともに2号機、3号機…と登場し、現在は2018年の法改正とともに6号機が主流となっています。

先ほどお話しした『アステカ』や『ハナビ』は4号機に分類されます。

4号機は、1992年~2007年まで設置されていた、恐らくパチスロ史上最も熱狂を受けた機種たちです。

3冊の本は主に1995年から2005年のことについて書かれていますが、この時期がパチスロの黄金期だと思います。

各年代の名機を思い出とともにご紹介していきたいと思います。

4号機の名機たち

先ほどご紹介したパチスロジャーナルクロニクルをベースに年代を分けています。

この本では、アニマルかつみ、ガル増、木村魚拓V、中武一日二膳、リトル、ポロリ、無道X、後藤ゼミナール、負け男…など、そうそうたる面々(?)が各機種を採点しています(懐かしさのあまり、大勢書いてしまいました)。

それも参考としながら、私的評価を行っています。

1995~1997年 技術介入&大量リーチ目が大流行

1995~1996年の代表機種は『クランキーコンドル』と『タコスロ』です。

私のデビューが1998年なので、正直この時代の機種は遊びで少し打った程度です。

パチスロには設定というものがあり、4号機はほとんどが設定1~6の6段階でした。

設定1が一番出ないのですが、『クランキーコンドル』の機械割は設定1で105%、『タコスロ』は設定1でも約106%という数値でした。

パチスロは一日打てば大体2万枚のコインを機械に入れます。

106%というのは、2万枚入れたら、2万×1.06=21200枚出るという意味です。

コイン1枚は20円が相場ですので、20×1200=24000円儲かる計算になります。

この106%という数値(機械割といいます)は、今の6号機では最高設定でも届かない機種がゴロゴロあります。

ただし、勝つためには狙った絵柄を的確に止める技術が必要で、パチスロで稼ぐプロも多く誕生しました。

1998~2000年 王道の機種たち

私がパチスロデビューした時期ですが、幸か不幸か、パチスロが一つの円熟期を迎えた時期でした。

先ほども出たアルゼの『アステカ』や『ハナビ』、同じくアルゼの『サンダーV』、『大花火』、『ビーマックス』、山佐の『タイムクロスA』、『アラベスクR』、『ハイパーラッシュ』など、とても書ききれないほど各メーカーから名機が登場しました。

私は、『ハナビ』で稼ぎ、他の機種で遊ぶというスタイルでした。

個人的名機ランキングは次の通りです。

異論は認めます(笑)。

1位 ハナビ
2位 タイムクロスA
3位 大花火

大負けも少なく、純粋に楽しめた時期でした。

2001~2003年 狂乱の時代

2001年は、AT機というものが登場した時期です。

AT機は、一言でいえば、ツボに嵌ったら、永遠とコインが出続けるタイプです。

また、ストック機というのも登場しました。

ストック機というのは、一言でいえば、ずっと出ない時とずっと出るときが交互に来るような感じです。

AT機とストック機は、どちらもずっと出ないこともあります(涙)。

AT機の代表機種が『獣王』です。

パチスロの歴史を変えた台として有名で、ツボに嵌れば1万枚(20万円)くらいは簡単に出る台でした。

当然、その分負けるときは大負けします。

ストック機の代表機種は、個人的思いを含め『キングパルサー』です。

「ずっと出ない時とずっと出るときが交互に来る」ので、ずっと出ていない台を打てば、かなりの確率で勝てました。

ただ、いつ出るかは分からないので、財布には常に10万円ほど入れるという、今思えばとんでもない大学生でした。

ストック機は勝ちやすく、他にも『ビックシオ』などで結構稼がせてもらいました。

ストック機の一つの最終形が『吉宗S』で、711枚(14220円)が1ゲームで連荘するという過激さに行きつきました。

一方、AT機も『獣王』の後継機『猛獣王』、『コンチ4X』、『サラリーマン金太郎』、『アラジンA』とどんどん過激さを増し、2002年に登場した『ミリオンゴット』で行きつくところまで行きつきました。

1/8192のプレミアムゴッドゲーム(PGG)を引くと5000枚(10万円)確定という異常ぶりで、自殺者も出たとの話もあります。

結局、この機種がお上に逆鱗に触れ、4号機は下火になっていきます。

当時のパチンコ屋はまさに鉄火場で、私も『アラジンA』で6万枚(120万円)以上出している人を見たことがあります。

この時期に、私の大好きな『ナイツ』も登場し、爆裂機を横に見ながら楽しんでいました。

この時期の個人的名機ランキングは次の通りです。

山佐ばかりとなりました。

異論は・・・(以下、略)。

1位 ナイツ
2位 キングパルサー
3位 ネオプラネットXX

なお、パチスロ史上最大のヒットとなったAT機の北斗の拳も2003年に登場しています。

2004~2007年 4号機の終焉

2004年に社会人になったタイミングで爆裂機たちはほとんどが姿を消し、狂乱の時代は下火となりました。

また、社会人になるとストイックに勝ちに行けなくなり、徐々に熱が覚めていきました。

あまり思い入れはないのですが、個人的名機ランキングは次の通りです。

(略)。

1位 シンドバットアドベンチャーは榎本加奈子でどうですか
2位 南国育ち
3位 ハローサンタマシンガンバージョン

シンドバット~は、会社帰りに1時間程度で9000枚近く出た思い出で1位にしました。
ハローサンタは、爆発すると凄いですが、私は経験がないです。

押忍!番長や秘宝伝(大都技研)、アラジン2エボリューションも、この時期の機種としては好きなのですが、パチスロジャーナルクロニクルに掲載されていないので、今回は外しました。

回想

私が18歳でパチスロに出会って、大学6年間(留年した訳ではないですよ)どっぷり嵌り、一時期は冗談半分でプロになりたいと思うくらい稼ぎました。

実際、大学を中退しプロになった人やパチンコ屋に就職する人もいました。

しかし、そんなにおいしい時期は長く続きません。

パチスロも2005年に5号機が登場した頃から大きく勝つことが難しくなり、プロの数も激減したと思います。

今の状況はよく分かりませんが、プロとして食べることができている人はほとんどいないのではないでしょうか。

話は変わり、今は『せどり』が流行っていますが、おいしい状況がいつまでも続くとは思えません。

私としては、大学にはしっかり通いつつパチスロで稼いだように、本業に軸足をおきつつ、せどりはあくまで副業に留め、お小遣い程度を稼ぎたいと考えています。

とりとめのない話ですが、今日はこれまで。

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